【3000文字チャレンジ】春、万葉の梅に心を遊ばせ。

3000文字チャレンジ!! お題:「梅」
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今回の3000文字チャレンジは「梅」に関して書いていきましょう。
創作ではなくて、エッセイ的に3000文字チャレンジ書くの久しぶりな気がしますね。
最近は新型コロナウィルス関連のしんどいニュースばかりが目に付いてしまうので、少し風流な「季節の美」に心を遊ばせてみようと思った次第です。
3000文字チャレンジは「文字だけ」という縛りのある企画です。
画像が貼れないので読者様におかれましては各自、脳裏にイメージを描き想像を膨らませていただけるとありがたく思います。
気軽にお付き合いいただければ幸甚です。
さてさて、梅ですよ。
春の訪れとともに咲く花。
今は2月末ですので、梅の名所各地でちょうど見頃を迎えていますね。
ぼくも毎年京都御所に梅を見に行くのですが、今年もキレイに咲いていましたよ。
紅や白、ピンクの小さな花がほころびはじめると、やわらかい独特の香りがふわりと鼻先をくすぐります。
空からサァーっと落ちてきた細いにわか雨が玉の露を残して、暖かい陽の光を浴びながら可憐に咲くその姿には「命の喜び」とでも呼べるような何かを感じますね。
早春の光はとても淡く美しく、その光に照らされる花もまた美しい。
古くから人々のそばにあり、春の訪れを寿いだ梅の花。
現在では春の花と言えば多くの方が「桜」をイメージすることでしょう。
花見と言えば桜の木の下で行うのが一般的ですもんね。
時代を遡ってみると、奈良時代の頃は春の花=梅というのが流行りだったようです。
桜が主流となってくるのはもう少し時代が下ってから。
何だかここらへんのことって学生時代に古典の授業で習った覚えもありますよね?
春の霞のようにあやふやな記憶ですが。
梅は元々は中国大陸原産の樹木です。
万葉集学者たちの通説では、梅が日本に入って来たのは「7世紀後半から奈良時代初め」とのこと。
万葉集の中で「梅」が詠まれている歌は120首近く(ちなみに桜の歌は40首くらい)と多く、それらの歌が詠まれた時期は万葉後期(710~759年)に集中しているそうです。
逆に万葉前期(629~710年)には「梅」の歌はなく、また古事記や日本書紀にも梅に関する記述がないことから、梅は「7世紀後半から奈良時代初めに遣唐使によって渡来した」というのが万葉学者たちの通説の根拠だったようです。
ぼくもだいぶ前にそう聞いて、「へーそうなんだぁ」と思って自分の中の知識として持っていました。
しかし、今回改めて梅の渡来時期を調べてみると、植物学者や考古学者の間では見解が異なり「遅くとも弥生時代」には伝わっていたと考えられているそうです。
日本各地の弥生時代(一部縄文時代?)の遺跡から、梅の遺物が見つかっているらしいのでどうも後者の説に軍配があがりそうですね。
とは言え、どの程度の分布で梅があったのかまでは分かりかねるので、もしかすると貴族たちの中で流行り始めたのが万葉後期からだったのかもしれませんね。
邸宅の庭に梅を植え、春が来る度に花が咲いてくれることに喜び、大切な人たちとその花の美しさを愛で嬉しさを共有する。
その時間は何物にも代えがたく、とても素敵な景色だったことでしょう。
そんなことを想像するのもまた楽しいもので。
そうそう、梅の花を愛でながら歌を詠み交わそう、と大宰府(現在の太宰府)で雅な「梅花の宴」を催したのが大伴旅人ですね。
令和の元号の由来ともなった、「万葉集」の中にある「梅花歌三十二首幷序」の一文を引いてみましょう。
「初春の令月にして、気淑く風和らぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らす」
この一文の中の太字にした「令」と「和」が元号に使用されたんですね。
現代語訳すると
「初春の素晴らしい月に、空気は清く風がやわらかくそよいでいる。梅は女が纏う鏡前の白粉(おしろい)のように咲き、蘭は身を飾った香のように薫る。」
という具合ですが、何とも素晴らしい一文ですよね。
梅の表現においては「女が纏う鏡前の白粉のよう」とあるように、庭に咲いている梅の花は白梅であることがわかります。
まだ緑色をした若い細枝から、赤色のガクを添えた白い花の咲く姿の可憐なこと。
木の枝は大きく広がり、たくさん咲いた花の一つ一つから甘い香りが漂っていたことでしょう。
この序文ですが、もちろん上で紹介した一文だけで終わっているわけではなく続きがあります。
その続きの文もとても素敵なんです。
先の一文も含めた現代語訳を引いてみますね。
ぜひ、一語ずつゆっくりと読んでみてください。
「天平二年正月十三日に、師(そち)の老(おきな)(=大宰師の大伴旅人)の邸宅に集まりて、宴会を開く。
時に、初春の素晴らしい月に、空気は清く風がやわらかくそよいでいる。梅は女が纏う鏡前の白粉(おしろい)のように咲き、蘭は身を飾った香のように薫る。
のみにあらず、暁の嶺には雲が移り動き、松は薄絹のような雲を掛けてきぬがさを傾け、山のくぼみには霧がわだかまり、鳥は薄霧に立ち込められて林に迷っている。
庭には新しい蝶が舞い、空には年を越した雁が飛び去っている。
ここに天を天蓋とし、地を座として、膝を近づけ酒を酌み交わす。
人々は言葉を一室の裏に忘れ、胸襟を煙霞の外に開きあっている。それぞれが淡然と自らの心の赴くままに振る舞い、快く満ち足りている。
これを筆に記すのでなければ、どのようにして心を言い表すことができようか。
中国にも多くの落梅の詩がある。古今異なるはずもなく、庭の梅を詠んでいささかの短詠を作ろうではないか。」
雄大な自然や動植物の美しさが讃えられ、この場所に一同が集ったことを喜び、美しい梅園を眺めながら和の歌を詠みあおう、といった旨が書かれていますね。
はぁっ、とため息が出るほどに美しい文ではないですか?
文中にある730年(天平2年)1月13日は、新暦に直すと730年2月8日頃になるようです。
今から1290年前。数字で見ると途方もない年月です。。
ですが、現代から見て古の文の中に、更に古代の中国の梅の詩を指す言葉が出てくるのもおもしろいですよね。
こうして人の歴史は紡がれていくんですねぇ。いやー、壮大。
「師(そち)の老(おきな)(=大宰師の大伴旅人)の邸宅に集まりて・・」とあることから、この序文の書き手は大伴旅人ではないようです。
書き手は不明ですが、一説では山上憶良ではないかと言われているようです。
山上憶良は、万葉集に78首の歌が撰ばれていて、大伴家持、柿本人麻呂、山部赤人など奈良時代の有名歌人と並び評される歌人です。
Wikiで調べると
「官人という立場にありながら、重税に喘ぐ農民や防人に取られる夫を見守る妻など、家族への愛情、農民の貧しさなど、社会的な優しさや弱者を鋭く観察した歌を多数詠んでおり、当時としては異色の社会派歌人として知られる。」
「抒情的な感情描写に長けており、また一首の内に自分の感情も詠み込んだ歌も多い。」
というように書かれています。
その山上憶良が「梅花の宴」で詠んだ和歌がこちら。
「春されば まづ咲くやどの 梅の花 ひとり見つつや 春日暮らさむ」
春になると他の花に先駆けて咲く梅の花を、たった一人で見ながらこの春の一日の暮れを迎えることができようか。いやそんなことはできない。という歌です。
「見つつや」の「や」は反語の助詞となっています。
春の訪れを告げる梅の花を独りぼっちで見て過ごすことは切ないことだから、みんなでこの梅の花の咲いている素晴らしい時間と空間を楽しもうよ、と歌っているんですね。
梅の花の異名は数えきれないほどありますが、この歌に詠まれるように他の花に先駆けて咲くことから「百花魁」や「花兄」とも呼ばれるそうです。
さて、3000文字を超えてまいりました。
あと二首、和歌をご紹介して今回の記事は締めようと思います。
まず一首は「梅花の宴」の主催者である大伴旅人が詠んだ歌です。
「我が苑に 梅の花散る ひさかたの 天(あめ)より雪の 流れ来るかも」
私の屋敷の庭に梅の花が散っている。天より雪が流れてきているようだ。
「ひさかたの」は天や空、雲、光などにかかる枕詞ですね。
序文の「鏡前の白粉」のくだりにあったように白い梅が咲き、その花が風に舞っている様子を雪に例えています。
散る白い花を「降る雪」に見立てたり、雪を「流れる」と表現するのは中国の詩に倣ったものだそうです。
穏やかな風に乗って舞い流れる雪のように白い花びら。
目を閉じて風景を想像すると、旅人たちが見ていた風景が浮かんできそうです。
盃に注がれた酒に、白梅の花びらをひとひら浮かべ、友人たちと楽しく飲みながら歌を詠み風流な時間を過ごす。
はぁ・・。また、ため息こぼれちゃいます。
そんなひとときを過ごしたいものですね。
さぁ、最後の一首です。
ここでは大伴旅人の息子であり、万葉集の撰者でもある大伴家持の歌をご紹介したいと思います。
「春のうちの 楽しき終(を)へは 梅の花 手折り招(を)きつつ 遊ぶにあるべし」
春の楽しさの極みは、梅の花を手折り招いて遊ぶことにあるはずだ。
この歌が詠まれたのは天平勝宝2年=750年の3月です。
父の旅人が「梅花の宴」を催した730年から20年後に詠まれました。
「梅花の宴」では梅の花を手折ってかざし、髪飾りにする楽しさが何度も詠まれています。
その歌の数々にちなんで、「春の楽しさとはこうあるべきだよね」と家持はこの歌を詠んだのでしょう。
折しも今日は2020年2月28日。正に梅の咲き誇る季節真っただ中です。
せっかくの良い季節に暗く沈んだニュースが多いですが、少し顔を上げて、万葉の人々に想いを寄せて梅の花の香りや姿に心遊ばせてみてはいかがでしょうか。
今回はこのへんで。
ではでは。

最後までお読みいただきありがとうございました!
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