貴女の声に恋をした。

貴女の声に恋をした。

どうも!やーさんです。

先日、ねこまにあさんが書いた妄想恋愛記事が素晴らしすぎて、またまた男性側視点の物語を綴ってみることになりました。

絶対合わせて読んで欲しい!!ねこまにあさんの記事はこちらから。↓

 

二人の恋の行方にドキドキしてもらえれば幸いです。

では、どうぞ!!

 

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”はらりひらり舞う思い出

ひとつの恋

君に恋をして変わる世界

巡る思い出に

大切なものをたくさんくれた日々が

今でも私を支えてくれているのでしょう”

 

 

そんな歌詞から始まる曲の一節を歌うでもなく呟きながら、雨上がりの星空を見上げ、私はかつての恋を思い出していた。

世間一般的にこれを恋と呼んで良いのかすら分からないけれど、それでも私の胸の中にとても大切な思い出として保管されている恋の物語。

心の奥に閉まった箱の鍵をしずかに開けて、そっと珠を磨くように想いを巡らしてみようと思う。

 

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八重桜の最後の花も落ちた、緑に溢れる初夏の頃。

あの時と同じ季節が今年も巡ってきた。

 

連日の晴れ続きの中で、たまに落ちてくる恵みの雨。

線のように降る五月雨が萌木の緑を濡らし、葉の上にたま露を結び、そこから地に落ちた水は流れ流れて川となる。

その様子は、人が人を想う気持ちが次第に膨らむ「感情のカタチ」にとても似ている気がする。

 

あの時の二人の恋は、五月雨を集めた川のように清らかでありながらも、抗えない激しい水の流れを感じさせるものだった。

 

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出逢いはSNSだった。

 

彼女のブログ記事に関するツイートにコメントしたのが始まり。

最初は特に意識することもなく、数百人といるフォロー、フォロワーの中の一人といった存在だった。

 

しかし、SNSの世界でも毎日あいさつを交わしたり、言葉遊びをしている中で、次第にコミュニティが形成されていき、私と彼女も同じ小さなコミュニティに帰属意識を持つようになっていた。

 

彼女のアイコンにはネコが描かれていて、いつからか私は愛称を込めて彼女のことを「ねこさん」と呼んでいた。

 

コミュニティの中で、私は趣味でもある「和歌」を詠む風流(?)なキャラとして自己を確立していたのだが、その和歌に興味を示し、最も遊んでくれたのが彼女だった。

 

百人一首などの有名な和歌をお互いに詠みあっては遊んでいたのだが、いつしか恋歌の贈り合いが楽しく感じ始めていた。

 

 

ある時、SNSの仲間内でカラオケ動画をアップするという企画が流行り出し、歌が好きな私もさっそくその流れに乗って投稿してみた。

もちろんその歌は和歌ではなく、少し懐かしいJ-POPだ。

いくつかの歌を投稿し、仲間たちの歌声にも耳を楽しませた。

いつもは文字だけがタイムラインに流れていくところに、歌声が流れる。

 

「声」というものは不思議なもので一声聞くだけで、何百という文字情報よりも多くの情報を聞き手に与え、同時に様々な感情を生み出させる。

 

そんな中で彼女は、飛び切り私の歌声を褒めてくれた。

それが単純に嬉しかったのもあり、ある夜私は戯れにギターを持ち出してきて、彼女にある音声データを送った。

 

アルペジオで優しくギターを奏でたあとに

「おやすみなさい、ねこさん」

と極めて甘い声で囁いた、30秒にも満たない短い動画。

 

「おやすみなさい」なんて言いながら内心は、彼女からどんな反応が返ってくるか楽しみでしょうがなかった。

 

結果、彼女の胸にその「声」は深く刺さったようだった。

大きく取り乱したかのような彼女の反応に、私はさらに嬉しくなってしまった。

 

 

しかし、想定外だったのは、次の日彼女がある動画を送ってきたことだった。

 

”恋しちゃったんだ たぶん 気付いてないでしょ?”

 

数年前に流行った、初々しい春の恋を歌ったラブソングのサビを歌い上げたあとに、お返しと言わんばかりの「おやすみ」のあいさつ。

イヤホンでその声を聞いた私の頭と胸に、雷が落ちたかと思うほどの衝撃が走った。

 

想像していた声と違う可憐な歌声と、私の名前を呼ぶ甘い囁き声。

 

昨日大きく動揺していた彼女と同じように、私も大きく取り乱した。

 

繰り返しになるが、「声」というものは不思議なもので一声聞くだけで、何百という文字情報よりも多くの情報を聞き手に与え、様々な感情を生み出させる。

 

彼女の声を聞いた時、すでに私の心には恋の欠片のようなものが刺さっていたのかもしれない。

 

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お互いの声を知ってから、SNSでの日々のやり取りはより濃密になっていった。

 

とは言え、誰からも見えるオープンなタイムラインでのやり取りだ。

周りの仲間からもツッコまれながら、冗談交じりの甘い恋愛ごっこ。

それはそれで、とても楽しい日々だった。

 

実際にはお互いの名前も顔も知らない、住んでる地域も飛行機での移動が必要なほど遠い。

 

一生逢うことのない存在だからこそ、好きでありこそすれ、一線を超えない気楽さがあった。

 

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ある夜、一度眠りについたものの、ふと目が覚めて何の気なしにスマホでSNSのアプリを開いた。

 

ぼぉっとした頭で、タイムラインを遡っていると、彼女のツイートを見つけた。

メンションも、注釈も何もなくただただ5・7・5・7・7のリズムで紡がれた歌がそこにあった。

 

「愛し君 おらぬ夜さへ 声聞かば 君を想いて ひとり寝むかな」

 

直感的に、私に対して詠んだ歌なのだと理解した。

しかも、過去の歌人の詠んだ歌ではなく、彼女オリジナルの歌だった。

 

すぐに返歌を送る。

「ひさかたの 夜空に浮かびし 三日月や 愛しき人へ 想いを届けよ」

 

あなたが寝入ってしまう前に届けと願いを込めて、三日月に託した想い。

 

その願いは通じたようで、彼女からリプが返ってきた。

他愛のない文字の交換が続いた後、先ほどまでのやり取りとは少し違うテンションで

 

「声が聴きたい」

 

という文字がスマホの画面に浮かんだ。

 

・・・声が聴きたいと言われても。

この場合の正解は何だろうかと少し悩む。

こちらとしても彼女の声が聴きたい。

そんなメッセージをうまく伝える方法はないものかと思案する。

 

数分後、私が出した答えは星野源の曲である「SUN」だった。

 

 

”君の声を聞かせて 雲をよけ世界照らすような

君の声を聞かせて 遠いところも雨の中も 全ては思い通り”

 

サビの途中までをアカペラで歌い、最後に「ねこさんの声を聞かせて」とコメントを加えた動画を送った。

 

自分の行動に少し笑いそうになりながらも、リプを待った。

 

数分後一通のDMが届いた。

なぜにDMで返事を?と思いながら開いてみたら

 

「京都で逢いたいです」

とただ一行だけ。

 

近々、京都に来る予定でもあるのかな?

京都であれば出て行ける場所だな、と思いながら、

 

「来るんですか?いつ?」

とだけすぐに返信する。

 

しかし、来た返事は想定外だった。

「よければ、明日」

 

明日!?

明日!?って今深夜の3時前だけれど?

つまりは今日ってことか?

 

ちょっと理解が追いつかない。

 

けれど彼女はウソをつくような人じゃない。

来ると言ったら来るのだろう。

 

会うはずがないと思っていた関係性。

会ってしまったらどうなる?

会いたくない?まさか、そんなことはない。

 

 

今を逃すと一生逢えない、そんな気がした。

 

 

幸い仕事が休みの土曜日で、入っていた予定は動かすことができる。

色々と返信用の文章を書いては消しを繰り返し、結局

 

「何とかします」

 

とだけ短く送った。

 

あまりに現実感のない突然の申し出に、高鳴る心臓の音がまるで半鐘のように響き、寝付けない夜となった。

 

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スマホのアラームが聞こえる。

いつのまにか眠ってしまったようで、気付けば朝だった。

天気は良好だが、テレビの天気予報は夜から雨が降ると伝えていた。

きっと今頃、ねこさんは飛行機の中だろうかと思いながら身支度を整える。

 

遠い地からわざわざ逢いに来てくれる、淡い恋心を抱いた女性との初対面だ。

身なりにはそれなりに気を遣う。

 

大切なのは1に清潔感、2に清潔感、3に清潔感だ。

シワの無いシャツに薄手のジャケットを羽織り、家を出た。

 

待ち合わせは京都駅直結の百貨店に入っている、老舗のお茶屋さん。

 

事前にやり取りしていた情報では10時半頃京都駅着だったが、一本早いバスに乗れたと連絡が入っていた。すでに店内で待ってくれているはずだ。

 

まだ開店直後の店内を見回すと、ちらほらと客の姿が確認できた。

 

どの客もペアやグループで座っていたが、窓際に一人で座っている女性を見つけた。

 

紺のブラウスにグレーのパーカーを羽織った出で立ち。

きっと、この女性がねこさんだ。

すぐに近付かずに少しだけ様子を伺う。

 

彼女の席に抹茶パフェが運ばれて来た。

 

その店一番人気の抹茶パフェの、美しい姿に目を細め、ウキウキと嬉しそうに抹茶アイスをスプーンにすくって口に運ぶ姿を眺める。

「おいしー」という小さな声が聞こえる。

美味しい物に対して、ちゃんと美味しいと言える人はステキな人だ。

だいたいが、一人でスイーツを食べながら「おいしー」なんて呟いちゃう女性は無条件でかわいいものだ。

出逢いのあいさつをする前から好印象を抱かせてくるとは、さすが。

 

美味しい抹茶パフェを食べて喜んでいる顔を正面から見たいな、と思い近付くとこちらの気配に気づいて顔をあげた。

 

「ねこさん?」

 

と声を掛けると、笑顔で私の名前を返してくれた。

素敵な笑顔と声。

 

「こっちの席良いですか?」

「もちろん、どうぞ。」

 

ねこさんの前の席に腰掛ける。

少しの沈黙、お互いにどう話し始めるか、緊張感が漂う間。

でも、会話の糸口はやっぱりここかな、と私は抹茶パフェを指さしながら少しだけ意地悪な笑顔を作ってこう言った。

 

「幸せそうに食べてましたね。」

そう言った瞬間、目を大きく開いて

「見てたっ!?」と返すねこさん。

その反応が何だかかわいくてつい笑ってしまう。

 

コロコロと表情を変えながら話すねこさん。

これまで、歌声と一言だけのメッセージ分しか声を聞いたことがなかった。

彼女の話し方は想像していた以上にかわいい。

 

いつもSNS上では敬語ベースで会話しているけれど、今日はタメ口で、ということになった。

ねこさんの方が少しだけ年上だから、タメ口はなかなか慣れない。

 

わざわざ京都まで来てくれたのだから、どこでも案内するよと伝えると、

「宇治とカラオケに行きたい!」

と即答で返ってきた。

 

歌が好きなのは知っていたけれど、京都まで来てカラオケで良いのかと尋ねると

「歌が聞きたいから」

と、返ってきた。

そんなこと言われると照れてしまうが、嬉しさの方が勝る。

照れ隠しに窓の外を眺める。

五月の新緑が陽の光を浴びてキラキラと光っていた。

 

 

抹茶パフェの最後の残りを美味しそうに口に運ぶのを見届けて、じゃあ行こうかと声を掛けた。

 

うん、と立ち上がったねこさんは想像していたよりも長身で、スラッとしたスタイルにドキッとさせられた。

その上、ストライプの入った白いスカートのスリットから見えるすらっとした脚線美に、さらに鼓動がドクンと跳ねる。

そんな下心を悟られないように、なるべく目を下に向けずに歩き出した。

 

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京都駅からは奈良線の電車に乗って宇治に向かう。

土曜日の奈良線はそこそこ混んでいて、隣同士では座れず、つり革に掴まって電車に揺られる。

ねこさんはスマホで何かを検索している様子。

 

「どこか行きたいとこあるん?」

と聞くと

「とりあえず、散歩かな。」

との返事。

 

どうも決めている場所はあるようだが、なかなか教えてくれないのがいじらしい。

 

普段のSNS上でのやりとりに関する話や、共通のフォロワーさんの話で盛り上がりながら、電車は目的地である宇治駅に着いた。

 

まずは駅前の観光案内所でマップを手に入れ、二人で眺める。

さぁ、ねこさんの行きたいところはどこだろうか。

 

ねこさんにどこ行くか教えてと言うと、「ここ」とマップを指さした先は”源氏物語ミュージアム”。

ちょっと意外な展開に驚いた。

いや、いつも和歌のやり取りを楽しんでくれているねこさんのことだから源氏物語にも興味あるのかな、と思いつつ、「なんで?」と訊いてみる。

 

「あ・・たは、ひか・・げ・じみたいだから。」

車道を走っていく車の騒音にかき消されて、ねこさんの声が聞こえない。

 

「え?なに?」

と訊き返すと、

「平安文化に詳しそうだったし、私源氏物語が好きだから解説してもらえるかなーと思って!」

と返ってきた。

 

「平安文化に詳しそう」って自分のことながらおもしろい評価だなと感じつつ、そして同時に聡明な彼女の期待にどれだけ応えられるか若干の不安を抱きながら「じゃあ、行ってみよっか。」と足を源氏物語ミュージアムに向けて、並んで歩き出した。

 

宇治川にかかる宇治橋に差し掛かった。

宇治橋は日本三古橋の内の一つだ。

西詰にある紫式部の像を二人で見て、源氏物語の話なんかをしながら趣のある橋を渡る。

まるで、源氏物語ミュージアムを楽しむための予習のようだななんて思いながら。

ねこさんはどんな話でも「うんうん」と興味深そうに聞いてくれる。

 

宇治の町は話して歩いているだけで楽しい。

いや、隣にいてくれるのが彼女だから、話して歩いてるだけで楽しいのか。

20分ほど歩いて、源氏物語ミュージアムに着いた。

 

源氏物語ミュージアムは世界で唯一の源氏物語専門博物館だ。

館内には源氏物語の宇治十帖を中心とした世界が再現されていて、見て読んで触れて楽しめる平安朝の美が溢れた空間だった。

ここでもねこさんは楽しそうに話を聞いてくれて、時々質問をくれたり、源氏物語の中での好きなシーンを話してくれたりして、とても楽しい時間となった。

美しい展示物の数々を眺める、彼女の横顔がとても美しかった。

 

 

その後は、古典を感じる宇治の町をぶらぶらと散策しながらデート気分を楽しんだ。

宇治に来るならこっちで抹茶パフェ食べたら良かったのにー、なんて笑い話をしながら色んなお店に入っては美味しいご飯を食べたり、お茶したり、冷やかしたり。

 

彼女の隣を歩くのはとても居心地が良い。

楽しい時間はあっと言う間に過ぎていく。

 

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陽はまだ明るいが、時刻は夕方になってきた。

彼女の希望通り、次はカラオケに行くことになった。

天気予報通り少し黒い雲が出てきていたが、雨はまだ降っていない。

京都駅に戻り、近くのカラオケに入る。

 

「歌ってもらいたい歌がたくさんあるの!」

ねこさんがテンション高めに言ってくるのが、何ともかわいいし嬉しい。

 

案内された部屋に入る。

照明が落とされた狭い個室のソファに並んで座る。

リモコンでテキパキと音量設定と曲予約をしていくねこさん。

ねこさんが歌うのではなく、私に歌わせたいリクエスト曲が入っていく。

 

その勢いは止まりそうもなかったので、「ねこさんも歌ってよ。聞きたい。」と伝えてみる。

「何がいい?」と返ってきたので、「ねこさんが聞かせたい歌を」と答えた。

 

そんなやり取りをしていると1曲目の演奏が始まった。

スキマスイッチの「奏」。

切ない別れを歌った名曲。

 

愛しい人との出逢いから変わる世界。

離れていても、この声で守るよと誓いを立てる。

歌が繋ぐ二人の距離。

 

曲中の愛し合う二人の距離を否応なく感じさせる歌詞に、つい感情が入ってしまう。

歌い終わって隣のねこさんを見ると、目をつむって寝ていた。

やっぱり昨夜はこっちに来る用意などで寝てなかっただろうから、眠たいのかな?と思いながらその顔を眺めた。

きれいな唇。

薄暗い個室。

このままキスしたら、どんな反応するのかな。

なんて思っていると、パチッと目が開いた。

 

「わっ!」とねこさんが驚きの声を上げた。

顔を近づけ過ぎたようだ。

 

「寝てるのかと思って・・・」と言い訳してみる。

 

「寝るわけないでしょ!目を閉じて聞いてたの!もう!」

怒っているのか、照れているのか、その中間のようなねこさんの声。

「目を閉じて聞くけど寝てないからね!」

ともう一言。

あのままキスしていたら、二人の距離はどうなっていたのだろうか。

 

 

そんなことを考えていると、2曲目のイントロが流れ始めた。

ミスチルの「365日」。

美しく強い愛のメッセージが込められたラブソング。

 

一人の大切な人への抑えようのない想い。

好き、触れたい、心にキスしたい。

日に日にその想いは積み重なって、昨日よりも今日は深い場所で繋がり合いたい。

 

歌詞と自分の心がシンクロしていく。

 

触れようと思えば触れられる距離。

けれど、今ここで二人の距離が0になったとしても、その先は?

近付けば近付いた分、離れなければいけない時の心の痛みは増してしまうはずだ。

 

ねこさんはどう思っているのかな。

 

”君を巡る思いの全てよ どうか君に届け”

 

最後の歌詞を歌い終わり、ねこさんを見て「はい、次はねこさん」と言ってマイクを渡す。

 

 

入れられた曲はまさかの「天城越え」。

ちょっとわざとらしさを感じるくらいの、こぶしの入れ方につい笑ってしまう。

ねこさんも歌いながら笑っている。

 

こういう盛り上げ方をしてくれるのも意外で、ねこさんのまた新たな一面を見た気がした。

歌詞の艶っぽさを感じるよりも楽しくなってしまったが、それでもさすがの歌のうまさだった。

彼女の声で色んな歌が聴きたいと思った。

歌だけではなくて色んな言葉も。

 

そこからはお互いに好きな歌を歌った。

 

ねこさんはYUIの「CHE.R.RY」や、ドリカムの「LOVE LOVE LOVE」を歌ってくれた。

かわいらしさ溢れる恋の歌や、口にすることの出来ない切ない「愛してる」の言葉。

 

色んな感情が歌を通して伝わってくるようだった。

 

 

あっと言う間に時間は過ぎて、残りあと10分の通知が入る。

 

最後に、彼女からのリクエストで入れられた曲はミスチルの「抱きしめたい」。

 

~抱きしめたい 溢れるほどに 君への想いがこみあげてく~

 

まさしく今の自分の想いそのままの歌詞だ。

この個室を出れば、もうお別れの時間だ。

 

 

最後に抱きしめても良いかな。

次に逢うことも、なかなか出来ない距離の二人。

だからこそ、そういった接触はない方が良いのかな。

 

歌いながらそんなことを考える。

 

”もしも君が さみしいときには いつも僕がそばにいるから”

最後の歌詞を歌い終わる。

 

いつもそばにいることは出来ない二人。

切ない感情が胸を覆う。

 

マイクを置いてねこさんを見ると、うつむいた頬に涙が一筋流れて落ちた。

 

なんで泣いているの?

同じように切ない想いを持ってくれているから?

こういう時、何て声を掛けるべきなのだろうか?

 

一瞬の内に色んな思いが頭の中をぐるぐると回る。

 

ふっと、ねこさんが顔を上げた。

その顔に作られた表情をちゃんと見るより先に、身体が動いていた。

 

強く抱き寄せる。

抱きしめた身体の細さに一瞬、力を入れ過ぎたかなという思いが過ぎったけれど、構わず抱きしめる。

彼女も私の背中に手を回してくれたのをきっかけに、さらに力を込めて抱きしめる。

強く強く、この愛情が零れないように、けれど壊れないように優しく。

 

カラオケルームに流れる音もまるで消え去り、お互いの心臓の音が聞こえるような静寂の数瞬。

 

いつまでも抱きしめていたい。

 

ねこさんの手が、彼女の背中に回した私の手を取る。

 

見つめ合う二人の視線は絡んで、このあとの展開を探り合う。

 

キスしたい。けれど、してしまって良いのだろうか?

この部屋を出たら、また日常に帰っていく二人。

好き、だけでは結ばれない色々な事情だってある。

 

そんな一瞬の迷いを見抜かれたのか。

不意を突かれたかたちで、ねこさんの唇が軽く私の唇に触れた。

いたずらっぽく笑うねこさん。

 

 

 

 

・・・もう、どうなっても知らないよ?

 

 

 

 

何も考えられずに、衝動に身を任せる。

重なる唇から彼女の体温を感じる度に、頭の奥に甘い痺れが増していく。

快感に身を委ねる。

 

この想いは愛なのか、恋慕なのか、劣情なのか。

そんな一つの言葉に集約することのできない想いが、痺れた脳の中でチョコレートのように溶け出す。

とても甘い、永遠にも思える一瞬。

 

 

そんな二人の時間の終わりを告げる音が、カラオケルームに鳴り響いた。

 

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外に出ると、辺りは暗く、少しだけ雨粒が落ち始めていた。

「ホテルまで送るよ」と言い、並んで歩き出す。

 

手を握ろうか。どうしようか。

何を話そうか。今日のこと?明日のこと?

 

結局、手は繋げず、あまりうまく話すことも出来ず、沈黙がちの5分が過ぎてホテルの前に着いてしまった。

 

「じゃあ、ここで」

ねこさんの明るい声が響く。

 

今日が終われば、またいつもの二人に元通り。

胸が少しだけ疼く。

 

 

最後は笑顔の方が良い。

少しだけ無理をして笑顔を作って

「楽しかった。来てくれてありがとう。」

と、感謝を伝えた。

 

「こちらこそありがとう。すっごく楽しかった。じゃあ行くね。本当にありがとう。」

 

一呼吸の内にそう言い残し、踵を返した彼女は振り向くことなくホテルの自動ドアを潜り、エレベーターに乗った。

私に背中を見せる際、一瞬見えた彼女の顔は泣き顔のように見えた、気がした。

 

 

 

数分後、後悔の念に苛まれた私がいた。

あの時、彼女の背中を追いかけるべきだった。

帰ることも出来ず、ただただ立ち尽くす。

 

何かツイートが流れてこないかとSNSを開き、スマホを見ながら待つが、何も流れては来ない。

 

少しでも彼女の痕跡を見つけたくて、今までのやり取りを見返す。

 

出逢うきっかけともなった彼女が詠んでくれた和歌を読み返す。

 

「愛し君 おらぬ夜さへ 声聞かば 君を想いて ひとり寝むかな」

 

今夜はお互いに手の届く距離にいるのに、また録音された、繰り返される声を聞いてひとりで寝るの?

今まで聞いたことのない言葉を交わして、共に手を取り合って幸せな夜を過ごすことだって出来るのに。

 

 

自分が送った返歌も読み返す。

「ひさかたの 夜空に浮かびし 三日月や 愛しき人へ 想いを届けよ」

 

空を見上げると黒い雲が覆って、月の姿は見えない。

雨音は少しずつ大きく響き始めている。

三日月に想いを託さずとも、今なら直接想いを伝えられる。

まだ、ちゃんと伝えられていない想いがあるんだ。

 

 

決心を固め、DMの作成画面を呼び出す。

 

「ねこさん、伝え忘れたことがあります。もう一度だけ逢ってくれませんか。ホテルの前で待ってます。」

 

短い文面で送る。

 

なかなか既読にはならない。

けれど帰ることは出来ない。

いつまでも待とう、と思った矢先にねこさんが自動ドアを潜って外に出てきた。

 

お互いに姿を認めた瞬間に驚き、立ちすくんだ。

彼女の驚き方から見るに、DMを見て降りてきてくれたわけではないようだった。

 

「・・・どうしたの?」

と、ねこさんが先に口を開いた。

目が少し赤くなっている。

やっぱり泣いていたの?

 

「このままねこさんを置いて帰れないよ。」

そんな言葉が口をついた。

 

 

「来て。」

 

腕を引かれ、招かれるままにホテルの部屋に入る。

 

ドアが閉まるか閉まらないかのタイミングできつく抱きしめた。

 

二度目の抱擁。

 

抱きしめ返してくる確かな力強さと体温を感じる。激しさを増した感情と、幸せな気分が混然一体となって体と心を包んでいった。

 

抱きしめたねこさんの耳元で、いたずらを交えて囁く。

 

「今日は寝かせないよ。」

 

 

ふふふっと笑った彼女が

「こっちのセリフだよ。」

 

と答えた。

 

優しく口づけを交わす。

 

 

 

「伝え忘れたことがあるんだ。」と前置きして、

 

 

最後に一言耳元で囁く。

 

「好きだ。ねこさん。」

 

優しく降る緑色の雨音が、二人の夜を包んだ。

 

 

おしまい

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