【3000文字チャレンジ】蒼い朝と翠のさくら

【3000文字チャレンジ】蒼い朝と翠のさくら

【3000文字チャレンジ】 お題:さくら

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季節は春。

冬の寒さを耐え忍び芽を出し始めた植物や、土から出てきた虫たちがようやく日差しに暖かさを覚える頃。

人々もまたのどかな暖かさに癒され、「春眠暁を覚えず」などと言いながらまどろみの中に揺蕩う。

 

ここに一人の男がいる。年齢は30代半ばくらいだろうか。

自宅のリビングのソファに足を折り曲げた状態で、横になって収まっている。

さわり心地の良さそうな分厚いクッションを頭の下におき、耳にはコードレス型のイヤホンを付けていた。

部屋の小さな窓は開かれ、気温よりも少しだけ冷たい心地よい風がそよそよと部屋に流れている。

 

 

彼も春の心地よさに身を預け、ぼんやりとした意識の中で、音楽を聞くでもなく耳に流していた。

期末の時期で日々の仕事は忙しく、ようやく訪れた休日だ。

外は穏やかな日差しが広がる春日和。

出かけるには良い日だとは思うが、今日は少しゆっくりしていたい。

寝間着のまま、顔も洗わず朝と昼の間の時間を悠々と過ごす。

 

 

不意にイヤホンから流れてきた曲に懐かしさを覚えた。

 

少し切なさを感じるイントロ。

『さくら舞い散る中に忘れた記憶と君の声が戻ってくる。吹き止まない春の風 あの頃のままで。』

 

目を閉じてその歌を聴く。

男女の出逢いと分かれを、散る桜に掛けて歌った切ないラブソング。

 

 

「・・ヒュルリーラ ヒュルリーラ・・・・・。」

耳に届いた歌に合わせて、男がかすかな声でつぶやく。

 

薄く目を開けて、窓の外に見える早咲きの枝垂れ桜に視線を送る。

風に揺れながらも、まだ散らない桜の花を見ながら彼は、昔出逢った一人の女性のことを思い出していた。

 

 

 

それは15年も前の春のこと。

 

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男が大学生2回生になったばかりの頃。

 

京都の外れにある大学に通っていたが、思い描いていたキャンパスライフとはずいぶん違う、地味な大学生活を送っていた。

 

「俺のオレンジディズはどこにあるんだよ。。」

昨年の春に流行った大学生が主人公の恋愛ドラマのタイトルをため息混じりにつぶやく。

 

『そんなドラマのようなキャンパスライフはないのである。』と頭の中のキートン山田がツッコミを入れてくる。

 

「はぁ。。。出会い系サイトを試してみるも見事にサクラだらけ。。。こんなことなら1回生の時にサークルにでも入って友達作っておけば良かったぁぁぁ。」

 

頭を抱えながら、大学1回生という重要な期間のスタートダッシュを完全に切り損ねた自分を呪っていた。

 

初々しい顔をした1回生が「サークル決まったぁ?」「まだ決めてないー。」「私決めたよー!」なんてはしゃいでいるのをうらめしい顔で眺める。

 

今からでもサークルに入って友達でも彼女でも作れば良いものを、、、男は生来の引っ込み思案のせいで楽しいはずのキャンパスライフを自分の物に出来ていなかったのである。

 

「はぁ・・・。次の講義はA号館か。遠いな。」

 

この大学は生徒数はそこまで多くないくせに、半分山の中にあるような立地で敷地だけは大きく、講義の取り方によっては歩いて5分ほどの移動を必要とする場合があった。

 

少し勾配のあるキャンパス内を歩いてA号館に向かう途中、立派なソメイヨシノが可憐な淡いピンク色の花を咲かせていた。

もう満開の時期は過ぎていて、風が吹く度にひらひらと散る花びらが、コンクリートの地面の上に乙女色の絨毯を作っていた。

 

その木の下で、少し大きめの一眼レフカメラを斜め上に向けて構え写真を撮っている女の子がいた。

白のニットに淡いピンクのシフォンスカートを纏ったふんわりした雰囲気に、黒々とした一眼レフカメラはあまりにも無骨でミスマッチな気がするが、彼女は真剣にファインダーを覗いている様子だった。

 

そこからカメラを取り出したのだろうか。肩から掛けたカバンのファスナーが開きっぱなしになっていて教科書やノート、ふで箱たちが顔を覗かせていた。

 

男はそのカメラ女子に何となく目を魅かれながら歩いていた。

 

 

瞬間、ゴウと強い南風が吹き渡った。

 

 

桜の木が風に煽られ、花びらが一斉に舞う。

それはさながら雪原の吹雪のように、その場一帯をピンク色に染め上げた。

風に逆らえず、ぎゅっと目を閉じ下を向く。

そこかしらで短い悲鳴のような声が上がる、と同時に聞こえてくる連続した微かなシャッター音。

 

数瞬の間に桜吹雪は収まり、目を開くと元の風景に戻っていた。

 

女の子はファインダーから目を外し、カメラのディスプレイに今撮ったであろう画像を呼び出して確認しているようだった。

その横顔はすこし笑みをたたえていて、どうやら良い桜吹雪の瞬間が撮れたみたいだ。

 

カメラのストラップを首に掛けたまま歩きだした彼女だったが、開けたままのカバンから1枚の半折にしたプリントがひらりと落ちた。

 

それを見ていた男は一瞬躊躇したが、駆け寄りサッとプリントを拾い上げ、歩いて行く彼女の背中に声を掛けた。

 

 

「あ、あの、落としましたよ!プリント!」

「えっ?、、ああ!、、ありがとうございます!」

 

声を掛けられたことに少し驚きながら、振り返った女の子と目が合った男は、一瞬世界が止まったように感じた。

 

吸い込まれそうな淡い光をたたえた茶色い瞳。

すっと通ったキレイな鼻筋。

桜色に染まったくちびる。

肩まで伸びた艶めく髪を少しだけかきあげ、耳に掛ける美しい仕草と、その動きに合わせて漂ってくるフローラルムスクのような甘い香り。

 

ビビビっと電気が走るような感覚。彼女の動きや表情が全てスローモーションで彼の網膜に焼きついた。

 

「・・・?」

女の子は自分を見つめて固まってしまった男をどうしたんだろう?という目で見ている。

男はハッと我に返り、プリントを手渡した。

 

手渡す際に見えたプリントには、その日の彼女の取っている授業の時間割が書いてあった。

偶然にも次のコマは男と一緒の授業だった。

 

男は引っ込み思案な自分をグッと奥に押しやり、勇気を振り絞り彼女に話しかけた。

「あの、次の授業一緒ですね。・・・A号館ですよね?一緒に行きませんか?」

 

 

「・・・えっと、その・・・。」

いきなりの申し出に彼女は明らかに困惑している。変な奴にナンパされたと思っているかもしれない。

 

「あ、いや、その・・。・・そう、そのカメラ!さっき桜撮ってましたよね?俺もカメラ好きなんでどんな写真撮ってるのかなぁって気になっちゃって・・。」

 

「あぁ、、そうなんですね。・・・良いですよ、一緒に行きましょ。そんな大した写真じゃないですけど・・・ここじゃあれなんで教室で見てください。」

 

男はありがとう、と言って二人は並んで歩きだした。

 

歩きながらお互いの名前や学科を紹介しあった。

 

 

男の名前は浅野蒼輔、女の子の名前は佐倉翠といった。

二人は違う学科だったが同じ学年だった。

 

その日の授業を隣同士で受けて、お互いに自分が撮った写真を見せ合い、「この写真はどこそこで撮った」とか、「風景写真しかないね。」「お互いにね。」なんて言ってくすくすと笑い合った。

 

校内で会う度に授業やランチで席を共にするようになり、二人の距離は次第に近づいていった。

 

 

『後半へ続く。』キートン山田が脳内でささやいた。

 




 

ソメイヨシノも葉桜に変わり暦も夏に近づくころ。

 

二人はお互いのことを「みどり」「そーすけくん」と呼び合うようになっていた。

 

翠のカメラは大学入学の際に父親から譲り受けた物らしく、CanonのEOS50Dという機種だった。

春の風景をたくさん切り取ったそのカメラの中には、風景写真に紛れて蒼輔の姿もちらほらと収められていた。

 

「桜の写真たくさん撮ったねー。やっぱり苗字が佐倉だけに桜好きなの?」

「えぇ?何それおやじギャグ的なあれ??けど、うん、桜は好きだなぁ。」

蒼輔の問いに笑いながら翠が答える。

 

「はは、まだおやじなんて呼ばれる歳じゃないよ!そういや翠も俺も下の名前は色の名前なんだよな。」

「ほんとだね!・・・浅野蒼輔。朝の蒼なんてなんかカッコいいねー、蒼輔くん。」

おやじギャグのお返しと言わんばかりに、翠が両手のひとさし指を蒼輔に向ける。

 

「 っみ、翠も良い名前だよな。普通の緑よりも輝いてる感じがするなぁ。けど、あれだね、苗字がさくらならピンクっぽい名前の方が似合いそうだよな。・・・さくらももこ的な?」

かっこいいという言葉に少し照れたのか、蒼輔が若干早口になりながら言う。

 

「あー。私の翠っていう名前ね。お母さんが付けてくれたんだけどね。蒼輔くん知ってる?ピンクじゃなくて、緑色した桜があるって。」

「緑色した桜?!そんな桜聞いたことないよ。・・・え?ほんとにあるの?」

「うん、ほんとにあるの。御衣黄っていう桜なんだよ。」

「ギョイ、コウ?聞いたこともないや。」

 

「ね。あんまり知られてないみたい。貴族の来ていた萌黄色の服に似た色の花だから御衣黄なんだって。私のお母さんがね、その花が好きで、そこから翠って付けたんだって。佐倉翠、、、みどりのさくらって。」

先ほど自分で言ったおやじギャグという言葉を思い出したのか、苦笑交じりで翠が言う。

 

「へぇぇ、すごいね。緑色の桜かぁ。見てみたいなぁ!」

「4月下旬から咲くらしいから、今ちょうど咲いてるかもね。あ、京都の仁和寺が発祥らしいよ。」

「ええ、そうなの?行こうよ!!御衣黄?だっけ?緑の桜を見にさ!!」

「うん。いいよ!!行こっ!!」

・・・・・・

・・・・・・・

・・・・・・・・

 

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「・・ヒュルリーラ ヒュルリーラ・・・・・。」

耳に届いた歌に合わせて、男がかすかな声でつぶやく。

15年前の彼女の笑顔や、笑い声、髪の香りが鮮明に蘇ってくる。

 

 

結局、緑色の桜は見れなかった。

別に何か大きな理由があったわけでもない。

すぐに行動に移さなかったから、花の見頃を逃してそのまま行かず仕舞いになっただけだ。

人生たいがいそんなものである。

 

 

 

 

 

春の夜の夢ならぬ春の朝の夢を見ながら、更にまどろみの中へ潜ろうとしていると玄関の方から「ただいまー」と女性の声がした。

かわいらしい「ただいまー」というこどもの声がそのあとに続く。

 

ガサガサという音と足音が廊下を進み、リビングのドアが開かれる。

 

買い物袋を両手に下げた女性がソファの上に寝転んだ男を見て呆れたように言う。

 

「もう、、蒼輔くん、まだ寝てるの!?橙斗と遊んであげてよね!お外、良い天気だよ?」

 

「あぁ、、、おかえり翠。橙斗もおかえり。」

 

「パパー!!遊んで遊んでーーー!!!」

4歳くらいのやんちゃ盛りの男の子が蒼輔に突進してくる。

 

「分かった分かった。ちょっと待って!顔洗ってくるから。」

男の子の突進を両手で受け止め、宥めながら、蒼輔は洗面所へ向かった。

 

 

 

大学を卒業してから数年後に蒼輔と翠は結婚し、更に数年後に息子を授かった。

息子には「橙斗(だいと)」という名前が付けられた。

浅野橙斗。

毎朝昇ってくる橙色の美しく力強い太陽のような人物になってほしいと願いを込めて。

 

 

『彼のオレンジディズはここにあったのである。』キートン山田がささやいた。

 

 

おしまい。

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※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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あとがき

どうも、やーさん(@ohokamudumi)です。

Twitterの中でこぼりたつやさん(@tatsuya_kobori が企画されている3000文字チャレンジに挑戦!

ということで今回も3000文字チャレンジに挑戦してみました。

今回のテーマは「さくら」。

 

色々と創意工夫を重ねた創作系ショートストーリーとなりました。

あと、ちょろちょろ出てきたキートン山田さんはちびまる子ちゃんのナレーションの方です(笑)

さくらももこ先生に掛けてご登場願いました。

少しでもお楽しみいただけたら幸いです。

 

さて3000文字チャレンジもどんどん参加者が増えて盛り上がりを見せています!!

今回は参加者のみなさん、どんな「さくら」を書かれるのでしょうか。

書くのも読むのも楽しい3000文字チャレンジ!あなたも参加してみませんか?

 

 

この記事を偶然見てくださったあなた!!

すぐにTwitterで「#3000文字さくら」「#3000文字チャレンジ」などで検索して読んでみてくださいね!!

きっとたくさんのおもしろい話に出会うことができますよ!!

 

 

最後に、こぼりさんのルール説明の中で

・否定&批判コメント禁止! 物好きたちが好きで勝手にやってることです。そっとしておいてやって下さい。もちろん、お褒めのコメントは無限に欲しいです。

とありますので、何卒温かい目で見てください。

 




 

やーさん

最後までお読みいただきありがとうございました!

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