【3000文字チャレンジ】わかりみ太郎と幻の焼肉店
3000文字チャレンジ!! お題「焼肉」
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人影も少ない静かな通り。
2階建てくらいの高さの、四角く白いコンクリートの壁に、
アンティーク調の小さな装飾が施された、
【浮二階】
この3文字だけが書かれたシンプルな四角い金属プレートだ。
浮二階が何を意味しているのかさえ分からない。
その扉の前に立っていた一人の男が扉に手を掛けた。
見た目の重厚さに較べると音も無く軽やかに扉は開かれ、
扉の中のスペースは狭いが、吹き抜けのようにとても天井が高く、
飾り気のないシンプルなランプシェードをつけた白色の電球は、
飾るという概念さえ忘れ去られたような、
閉じた扉から3、4歩進んだところに、
触ればひんやりと冷たいスチール製の手すりはマット調の銀色で、
大人がかろうじてすれ違える程度の、狭い階段を登った先にある扉を開く。
扉を開いた先は、オーセンティックなバーのような空間だった。
全体的に深い黒色で統一されたシックで落ち着いた空間に、
空調の風に乗って流れてくる食欲をそそる香りが、ここがバーではないことを雄弁に語っていた。
大きな一枚板のカウンターテーブルには角型にデザインされた七輪が半分埋まったような状態で4つ設置されていて、
そう、ここは知る人ぞ知る幻の焼肉屋「浮二階」。
テーブル席はなく、カウンター席のみで定員は8名といったところ
先客が一人、一番奥のカウンター席にいた。
七輪で肉を焼きながら、
カウンターの内側には店主と思われる中年のマスターと、
「いらっしゃいませ。」
「予約した若利だ。」
「お待ちしておりました、若利味太郎様ですね。こちらへどうぞ。
若いスタッフにカウンター中央の席に案内された。
「本日はご来店ありがとうございます。当店のシステムはご存じでしょうか?」
「あぁ、初めて来たが大丈夫だ。6,000円のコースで頼む。飲み物は、そうだな・・・生中をいただこうか。」
「かしこまりました。火の用意を致します。」
テーブルの下についたスイッチが入れられ、七輪の炭に火が入る。
次第にパチパチという音がなり始め、炭が熾る匂いが広がってきた。
「アペリティフでございます。」
テーブルに乳白色の液体が注がれた細いシャンパングラスがコトリと置かれた。
グラスの中では細かい泡が次々と生まれては水面へと登っていた。
ゴク。
「なるほど。ホワイト・ミモザか。キメの細かいシャンパーニュの泡立ちと酸味に、フレッシュグレープフルーツジュースの苦味が心地良いな。口の中がさっぱりとすると同時に胃には適度なアルコールが注がれ、食欲が高まる。これから運ばれてくる数々の食材の味をしっかりと味わうための前準備が整うという訳だ。分かりみが深い!!」
若利味太郎は独り言にしてはあまりに大きい声で、グルメ番組よろしくなセリフを吐きだした。
若利の声が響き、一瞬の静寂の後、店内の空気が一変した。
カウンターの中のマスターと若いスタッフはもちろんのこと、一番奥のカウンターでビールを飲んでいた客も同じことを思っていた。
『こいつはヤバい。めんどくさい客が来た。』と。
ホワイトミモザを味わう若利を含め、この場の全員の喉がゴクリと鳴った。
「生中とチョレギサラダです。」
8:2で注がれた生ビールと、小さな木製のボウルに鮮やかな緑が盛られたサラダが運ばれてきた。
一口ビールを飲んでから、サラダに箸を伸ばす。
パクリ。モシャモシャ。
「ふむ。手ちぎりの新鮮なレタスにコチュジャンとにんにくを程よく調合したチョレギドレッシングを纏わせたシンプルなサラダだな。彩りと食感のアクセントにニンジンときゅうりの細切り、そして白ごまが入っているところもポイントが高い。ごま油も香り高く、こだわりが見て取れる。しかし、チョレギとは韓国人すらピンとこない言葉だそうだ。浅漬けのキムチを意味する”コッチョリ”の方言らしいが、エバラがその言葉を使ってドレッシングとして商品化したんだな。和えてすぐ食べられるサラダと無発酵浅漬けキムチの共通点に着目して商品名にし、チョレギサラダの名を広く世に知らしめたエバラ、やるな!!」
やはり独り言にしては声がでかい。
どうもこの若利味太郎、一口食べたら十以上の言葉で表現をせずにはいられない性質のようだ。
マスターとスタッフは苦笑しながら目を合わせている。
カウンター奥の客はなぜか目を空中に向けて、一点を眺めている。
·····どういう感情なのだろうか。
チョレギサラダを食べ終えた頃、七輪の中の炭火が良い感じに熾ってきた。
「キムチとナムルの盛り合わせ、テールスープ、そしてこちらはタンでございます。タンは厚く切っておりますので、両面を焼いていただき、こちらに置いております、タレ、塩、こしょう、レモンなどお好みでお召し上がりください。」
炭火の上に渡された網に、厚く切られたタンを3枚優しく置く。
この店のタンはペラペラの薄い物ではなく、ゆうに5mmを超える厚さにスライスされたタンだった。
徐々に肉に火が通り始め、熱により収縮が起こり端の方が少しだけ持ち上がる。
良い頃合いで裏返す。
メイラード反応を起こした肉は、見た目にもうまさを感じる。
ビールとキムチ、ナムル、テールスープで肉が焼けるまでの時間を繋ぐ。
そして時は来た。
ベストな焼き具合のタンを、まずはレモンでいく。
パク。モグモグ。
「なんという歯ごたえ!!!そして程よい脂のうま味!!牛一頭からとれるタンの総量は約1キロ。その部位の中でも中心に近い肉を選んで、惜しげもなく厚くスライスしている!!薄いスライスのタンでは味わえないこの圧倒的な幸福感。厚いタン、ありよりのありだな!!私はもう、薄いスライスのタンに戻ることはないだろう!!レモンの酸味でさっぱりいただくのももちろん良いが、これだけのうま味だ。こちらの荒い塩と黒こしょうでいただくのも良さそうだな・・・(パク、モグモグ)ハッハー!思った通りだ!うまい!これぞタンの最もうまい食べ方ではないか!!」
やはり饒舌。
ありよりのありって何だ。
カウンター奥の客は突っ伏してわなわなと肩を震わしている。
え?どうしたの。それは怒ってるの?笑ってるの?
大変ですよね、変なお客さんと一緒の空間・・・。
何だか、、すいません。
次は、とても美しいサシの入っている薄くスライスされた肉が運ばれてきた。
大きさはゆうに15センチを超えており、その迫力のある肉の上からはタレが掛けられている。
「薄切りのサーロイン焼きしゃぶでございます。ごく短時間あぶっていただいて、こちらの卵でお召し上がりください。」
トングを使い、網いっぱいに肉を広げる。
薄くスライスされたサーロインは一瞬で脂をしたたらせ、肉から落ちた脂がジュッジュとスタッカートの付いた音符のような音を奏でて耳を楽しませる。
そして肉の焼ける芳しい匂いが鼻腔をくすぐる。
網に乗せて数十秒の後、裏返す。
裏面はごくごくわずかに熱を通す程度で、肉を丸めて網の端の方で軽く熱にあて、うま味と甘味を最大限に引き出す。
そして、見た目からして新鮮なぷっくらと膨らんだ生卵を切るようにしてざっくりとといて、肉を絡ませる。
とろとろの卵を絡ませた、肉汁溢れる肉塊は何とも淫靡な姿だ。
一口で行くにはあまりにも大きい。
パク。
半分ほどを噛み切る。
モグモグ。
「フハハハ、噛み切るのに全く力がいらないじゃあないか!!まがうことなくこれはA5ランク!!かの北大路魯山人も言っていたが、やはり”うまいは甘い”なのだな!!素晴らしきサーロイン!!さすがは”サー”つまりはナイト爵の称号を授けられし最高部位!!その名に恥じぬうまさと柔らかさだな。ステーキなどで食べるのももちろん最高だが、こうしてごく薄くスライスされた物をさっと炙っていただくのもこれまた乙だな。マスター、これは松坂・・・いや近江牛か??」
「(びくっ!)あ、いや本日のサーロインは飛騨牛のA5ランクでございます。」
「そうか!!飛騨牛かぁ!なるほど、、、分かりみが深いっ!!!!」
いや、分からないよ?言ってる意味が。
こら!若いスタッフ、後ろ向いて吹き出さない!!
カウンター奥の客は相変わらず突っ伏してるけど、肩の動きが大きくなってるじゃないか。
あ、、これは、、笑ってますね?
良かった。ちょっと安心しました。
「ウニクと牛のにぎりです。醤油でどうぞ。」
海苔の上に大葉、サシの美しい生肉、そしてたっぷりの生ウニが重ねられたウニクと呼ばれた料理と、見た目からして鮮度が感じられる生肉のにぎり寿司が運ばれてきた。
「ウニと肉でウニクか。最近はやりのスタイルだな。ネーミングも語尾と語頭がくっついていておもしろい。そういえば昔、しりとりの定番フレーズを一気に読みあげるのが好きだったことを思い出すな。リンゴリラッパンツクエノグ・・・子ども時代が懐かしいなぁ。」
うるさい。黙って食え。
パク。もぐもぐ。
「おおおお、これはおもしろい!!ウニと肉の相性がこれほどまでに良いとは!!まさに極上の組み合わせだな!!そして海苔と大葉によって食感、味、香りすべてがとても新しい!!海苔が持つ磯の風味、そして大葉の爽やかさによって、豊かに広がる肉とウニの旨みがギュッと洗練されたようだ。これは感動的な出会いだ!!Nice to meet you!!!日本酒にも合いそうだな。さて、にぎりはどうかな。(パク、、、モグモグ)うん!うまい!!新鮮な生肉とわさびの相性もとても良い!!シャリの大きさも申し分ない。寿司と言えば魚介だが、肉のにぎりも最高だー!!」
・・・・うん。良かった、良かった。
とても満足されたようです。
途中で英語が出た瞬間に先客の方、ビール吹き出しちゃってトイレに駆け込んじゃったよ?
スタッフも慌ててフォローしに行ってるし·····。
ほんと迷惑かけちゃってますよ。。
「デザートの自家製バニラアイスです。」
デザートにはミントの葉がちょこんと飾られたバニラアイスが運ばれてきた。
丸く盛られたアイスにはところどころにバニラビーンズの黒い粒々が見える。
小さなスプーンで一すくい。
パクリ。
「・・。」
パクリ。
「・・・・。」
パクリ。
「ごちそうさまでした。」
ちょっ!おいおい、何も言わないのかよ!!
待っちゃったじゃん!!
自家製だよ!?美味しいはずでしょ!?
バニラビーンズに関する評価とか、感想とか待っちゃったじゃん。
ほら!!店内のマスターもスタッフも客も、どこか淋しげにしてるじゃん!!
スタッフの子の落ち込みが一番激しいじゃん。
きっとこの子が作ったアイスなんだよ、これ!!
あれ?先客の方がマスターに
「·····このアイス美味しいね!」って語りかけてるじゃん!!
何、他の人に気を遣わせてるんだよっ!?
最後までちゃんとやり通さなきゃ!!期待に応えなきゃだめじゃん!!
あ、いや・・・まぁ黙って食べてくれるのが一番良いんだけどさ、、、何だかさ、期待しちゃうじゃん!?
ねぇ?!
「ごちそうさま。いやぁ、美味しかったです。お会計お願いします。」
「あ、はい。ありがとうございました。合計で6,800円です。」
「はい、これでお願いします。」
「ありがとうございます。200円お返しです。」
「ありがとう。ところでマスター、この店の名前「浮二階」っておもしろい名前だけど、どういう意味なの?やっぱり、知る人ぞ知る隠れ家的な感じで、選ばれた人にのみ階段が現れて入っていただけますよ、みたいなところからのネーミングなの?」
「あ、、いや、そこまでは考えてなくて・・・。焼肉をローマ字で書いてYAKINIKU。これを逆から読んで漢字を充てただけなんです。UKINIKAY、ウキニカイ、浮二階って。。ちょうど2階の物件だったから良いかなって・・・。」
「・・・なるほど・・・。分かりみが深いっっっ!!!!!!!」
深くねぇよ!!
おしまい。
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この物語はフィクションです。
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あとがき
どうも、やーさん(@ohokamudumi)です。
Twitterの中でこぼりたつやさん(@tatsuya_kobori )が企画されている3000文字チャレンジに挑戦!!
ということで今回のテーマは「焼肉」でした。
若利味太郎(わかりみ太郎)さん、うるさかったですねぇ笑
お店でご飯を食べる時は、周りのお客さんの迷惑にならないようにしましょうね。
けど、美味しい食材や作ってくれた方に敬意を払うのはとても大切なことですね。
家での食事でも、たまには作ってくれた方にオーバーリアクションで味の感想を伝えたり、感謝を伝えたりすると良い雰囲気が生まれるかもしれませんね。
生まれるといえば、そうそう、このわかりみ太郎さん、実はこんなところから生まれました。
↓↓↓
わかりみ太郎(°∀°)アヒャ
そのうち3000文字にわかりみ太郎出演して欲しいですね(✧ω✧)— 爆乳ライダー梢ターボ@おばばいそん (@bnrkozue38) 2019年4月12日
ということでさっそく採用!!
こんなやりとりから出来た創作ショートストーリーでした。(笑)
あぁ、焼肉食べたい!!!
さて3000文字チャレンジもどんどん参加者が増えて盛り上がりを見せています!!
今回は参加者のみなさん、どんな「焼肉」を書かれるのでしょうか。
書くのも読むのも楽しい3000文字チャレンジ!あなたも参加してみませんか?
公式Twitterはこちら→3000文字チャレンジ公式アカウント
この記事を偶然見てくださったあなた!!
すぐにTwitterで「#3000文字焼肉」「#3000文字チャレンジ」などで検索して読んでみてくださいね!!
きっとたくさんのおもしろい話に出会うことができますよ!!
最後に、こぼりさんのルール説明の中で
・否定&批判コメント禁止! 物好きたちが好きで勝手にやってることです。そっとしておいてやって下さい。もちろん、お褒めのコメントは無限に欲しいです。
とありますので、何卒温かい目で見てください。
最後までお読みいただきありがとうございました!
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